のんびり屋のだらりな日常。
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- - -
想い出の形

 

20時半の待ち合わせ予定から15分後

都内某所 喫茶店ルノアール

 

ふとしたきっかけでメールをし、話さない?との言葉で会うことになった。初めて出合ったのは14歳の冬。あれから17年もの月日が経とうとしている。記憶のなかの彼は写真のように動かない。青年時代、駆け出し時代。一つの表情と一つの動作だけが私に残された頼り。私たちには、体に焼き付くほどの物理的な想い出など何もない。記憶のなかの優しい気持ちが、しいて言えば、彼との想い出といえる。ただそれだけ。

 

 

整えられた落ち着いた店内。すぐにわかったのは、持ち物か服装か雰囲気か。引き寄せられるように足を進めると、ふと彼も顔をあげた。あ。最初の言葉は何を交わしたかよくわからない。切り取られたように違和感を感じるようで、そこにいるのが当たり前のようにも見える。

 

空白の時間を埋めるように話すけれど、空白の空間があまりに広く、お互いの仕事の話なんかをする。当たり障りない話の中から感じとる、お互いの世界があまりに違うこと。真逆の世界。あまりにも遠すぎて、360°の回転をしてカチリとはまる心地よさ。不思議だね。今が一番見つめ合えている気がするなんて。それが、大人になったということなのかな。だから月日が経つのは美しい、そう感じる。

 

珈琲をご馳走になる。スマートなそんな気遣いに、叶わなかったことが形になったような嬉しさを感じた。素直に戸惑いを含めて、お礼を言う。いいよ、っていう彼の声の低さが、また記憶を呼び戻してくる。場所をかえる話のなかで、私は提案もできないつまらない人間になりさがる。でもなんだか、一緒に話せればどこでもよくて、どこでもいいよは本心だった。蕎麦屋にいくと、そこはしまっていて、デニーズにいく。都内でデニーズにいくとは思わなかったけれど、私は本当に、どこでもよかった。

 

何を話したのだろう。

相変わらずの哲学語りを聞きながら、彼の持論を聞くのだけはこれまでにもあったなぁと考える。頷く。私は今どんな顔をしているのかな。自分のことなのに、一番見えないのは自分。映るのは、彼の細く切れ長の瞳、まっすぐな髪、大きな手、細い骨格の背丈、コップをもつ伸びた指先。仕草の一つ一つにシャッターをきる。こんなにも、惹き付けられるのはなぜなのか。少し荒い食べ方すら、幼き彼を思い起こさせて。

 

本当に、何を話したのかな。

深い話を、根掘り葉掘りしないのは、してはいけない気がしたから。そして、私の想い出を崩したくないから、きっと。お互いに、なんとなく特別な想い出の一つ。柔らかく、残しておきたいから。ただ笑うだけでもよくて、中身など、なんでもよかったんだ。こんなに見つめ合ったことなんて、いままでなかったのだから。

 

二人並んで歩く帰り道。そんなよくあるフレーズが頭に浮かぶ。ふと触れる腕が、服越しにも温かくて。何度となくその温度を感じては、懐かしさと新鮮さに心が動いて。ふと香る空気、向き合う目線。私はせめて彼の作る音がこれからも聞きたくなって、それを聞くことはできないのかと聞いた。前向きに検討します、とまっすぐこちらを向いては、ツレにはあんまりそういうこと言わないけれど、と外を向いて笑った。私を覗き込む彼が何を考えているかはやっぱり見えないけれど、文字に出来なくてもいい気がした。いつだって、彼はつかめない。

 

別れ際、握手を交わし、元気でね、と今生の別れのようなことを言ったのは、もう会えないかもしれないから、ちゃんと伝えたかったから。また会える?それは正しく生きていればきっとまた。生きている限り。

 

 

でもきっと、私はまたふっとアルバムを閉じて、奥にしまうんだろう。私にとっては壊したくない、優しい想い出だから。途中いろいろ破けたページもあるけれど、それも含めて、優しい想い出だから。30の私は大人になってしまったけれど、だからこそ、大事にできるものもある。月日が経つのは美しい、やっぱり、そう思うんだ。

 

会えて良かった、ありがとう

喜んでもらえて、よかった

楽しかったな

サスケ - -
スポンサーサイト
- - -
<< NEW | TOP | OLD>>